ご案内
「吹き溜まり」というと、「いかにも場末のようでイメージが悪い」という人がいるかもしれない。
しかし、吹き溜まりというのはけっして悪い場所ではない。
奈良の東大寺正倉院にシルクロードの端から端までのありとあらゆる宝物が詰まっているのも、日本がシルクロード文明の吹き溜まりだからこそだ。
しかし、駅前商店街にある程度以上の政治力があったところのその後の歴史は、ずっと悲惨だった。
中小零細商店が「大きな店に入ってこられると自分の客を取られてしまうから、なるべく大きな店を自分たちの商店街に入れないようにしよう」といった姑息なことを考えて、地元の議員連中に圧力をかけるのは、長い目で見れば自分で自分の首を絞めているようなものだ。
そして、こうした中小零細商店を「保護」するために大型店舗の出店を規制するのは、保護しようとしている当の商店街が街ごと没落するのを早めるだけだ。
大型店を排除したり、なるべく大型店に店の規模を広げさせないというような姑息な方法で生き残りを画策した駅前商店街は、軒並み郊外型ショッピングセンターに客を取られて衰退している。
そして、自分たちのところで買いものをしてくれなくなってしまった客を逆恨みして、通りすがりの人間にガンを飛ばすようにまでなり果てる。
人通りが、全く途絶えた。
古い街並みをかすめて通るのは、車だけだ。
かつて、商店街のお店ににこやかに声をかけて通っていたお客は、いま裏通りを選んで歩いている。
この通りのお店で、ほとんど買い物をしなくなったからだ。
駅に出るのも、また駅前の大型店へいくのも、世間店街を避けて通っている。
店主たちは、通りに立ってお客を待ち受けるが、事問態は少しも変わらない。
店主の中には、店先に座って、じっと通りを見詰めている者もいる。
たまに通る近所の人たちは、にらむように見据えている店主たちの目を避けるように、下を向いて足早に過ぎて行く。
ぽくには、こんな横着な連中を、税金を使ってまで保護してやらなきゃならない理由がまったく分からない。
の線上にある街なのに、吉祥寺だけは下北沢と互角の勝負を続けている。
新宿からも渋谷からも急行電車に乗れば二十分とはかからない吉祥寺は、東京の西部地域で随一の商業エリアである。
もっとも繁華な駅北口の商業集積度をみると、新宿、銀座、日本橋、渋谷、池袋、あるいは秋葉原に次ぐ位置を獲得している。
山手線の外で、これだけのパワーのある街は、東京には他にはない。
山手線の西側にある数え切れないほどの街の中で、吉祥寺だけがこれだけ元気に育っている。
なぜだろうか?理由は、単純明快だ。
いまから三十年あまり前、再開発の実施に先立って、武蔵野市は、東京女子体育短大跡地の借地権を買いとり、これを商業の核にすることに決めた。
ここに再開発ビルを建てて、昭和四十六年に伊勢丹を誘致している。
これが大型店の一号であった。
それから三年後に進出した近鉄と東急の両デパートも、駅からは、同じぐらいの距離にある。
これは、各デパートの吸引力を借りて、駅との中間にある商店街の賑いをも生み出そうとする考え方によっている。
街に来た者がデパートと街の両方を回遊するように仕向ける、この試みは成した。
当時、地元の商業者からは、その後他の街ではよく聞かれることになる再開発反対の声はあまり出なかった。
それより以前の戦後すぐの時期、現在は東急がある場所に、専門店ピルの東急名店会館が誕生したおかげで周囲の商店街がうるおった経験があるためだという。
「大きいのが来れば街は良くなる」という信念が、商店主の聞に根強くあったからである。
制しかし、それはもちろん大型店さえ呼び込めば、その商蜘店街に属する全商店が「みんな仲良く繁栄しましたとさ」性なんて、おとぎ話のような結末が待っていたわけではない。
当然、商品でもサービスでも、大型店と同じようなものを小さな品揃えで出していただけの店は没落していつた。
いま吉祥寺に残っている中小零細商屈は、それぞれ狙いとする客層を絞り込んだ、自分なりの経営戦略を持った。
そして、吉祥寺に関するタウンウォッチャーたちの過去の発言を読んでいると、いつも否定的、悲観的なコメントが多いことが分かる。
「いままでの吉祥寺は、うまくやってきた。
でも、最近は落ち目だ。
街全体があまりにも『アングラ』風になってしまったからだ」とか、「ニューファミリー御用達って店ぽっかりになってしまった。
だから、もう限界だろう」といったコメントばかり目につくのだ。
吉祥寺に関するコメントにいつも悲観論が多いのは、まっとうな経営者の多い街はいつだって「何がうまくいっている」かよりも、「もしうまくいかなくなったらどうしようか」という次の一手を考えているからだ。
だから、何度も何度も「曲がり角」が指摘されながら、吉祥寺は東京中で一、二を争う人気ある街の座を守っている。
自称「弱者の味方」は、「大型屈と中小零細店舗では資本力でも経営能力でも大型底が勝つのは当たり前だ」なんmて理由で、自分たちの責任で競争に負けた連中を保護しようとする。
この連中は、実際には「中小零細商店主は、資本の力だけでなく頭の中身でも大型店の経営者に勝てっこない」と決めつけている、心の底から差別主義者なのだ。
大企業の偏差値エリートたちが合議制で出す経営戦略なんて、平凡で退屈なものに相場が決まっている。
そんなつまらない戦略よりもずっと個性的でオリジナルな方針を出すのは、毎日まじめに消費者と付き合っている中小零細店舗の経営者にとっては、じつは簡単なはずだ。
「自分が一生懸ものを考えなくても、政治家、官僚、それに弱者の味方である進歩的文化人といった連中が、きっと自分たちが生きていけるように何か新しい規制を考えてくれる」というような甘ったれた考えが通用してしまう世の中だから、きびしい競争の中に放り出されれば出てくるはずの知恵も出ないだけなのだ。
それでも自分の店を存続させるための知恵が出てこないという商店主は、もともと経営者でいる資格がなかった人間なんだから、いさぎよく自分の屈をつぶしたほうが家族のためでもあり、(もしひとり、二人でも従業員を雇っていたとすれば)従業員のためでもある。
たしかに日本国憲法は生存権を保障しているが、それは自分のやりたい商売をしていて生き延びられる権利という意味ではない。
それだけの資金をつぎ込んで「お国」が生き延びさせてやっている中小零細店舗の経営者たちは、ありがたがって少しは遠慮をしているか?とんでもない。
自分で客をつなぎ留めたり、いったん離れてしまった客を呼び戻す努力をしない商店主に限って、国や地方自治体は、これからも永遠に自分たちを保護し続けてくれるだろうとタか。
くくっているし、それが当然だと思っている。
だから、いまではもう通勤通学の途中に通り過ぎるだけで、まったく底に入ってくれなくなった消費者にガンを飛ばすというような、商人の風上にもおけないヤクザまがいのまねをして、ますます客の足を遠のけてしまうのだ。
京王線沿線に千歳烏山という駅がある。
どこといって特徴のない駅だが、この駅周辺の商店街は日本中でもっこを争う活気のある商店街として知られている。
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